大人が変われば子どもも変わる
保護者の意識と行動変容を促す効果的な取り組みとは?
~令和5年度「幼児期からの運動習慣形成プロジェクト」成果報告会より~

REPORT & INTERVIEW2024.03.15

順天堂大学がスポーツ庁との連携で進めている「幼児期からの運動習慣形成プロジェクト」。幼児期の運動習慣はどのように形づくると効果的なのか、あるいは保育者や保護者はどのように子どもと関わりながら取り組めばよいのか……。事業に取り組む全国の自治体と専門家らが一堂に会して行われた令和5年度のプロジェクトの成果を報告する会合から、さまざまなヒントや課題が見えてきました。ここでは、成果報告会に出席した方々の意見交換での発言を再構成してご紹介します。


令和5年度「幼児期からの運動習慣形成プロジェクト」成果報告会 実施概要

日時2024年2月20日(火)13:00~16:00
会場順天堂大学 本郷・お茶の水キャンパス7号館13階、有山登メモリアルホール
オンライン:ZOOMウェビナー
参加者スポーツ庁地域スポーツ課
令和5年度「幼児期からの運動習慣形成プロジェクト」事業推進委員
令和5年度「幼児期からの運動遊び普及事業」実施7自治体 (福島県、栃木県、神奈川県、富山県、岐阜県、奈良県、鹿児島県)、事業関係者、 順天堂大学プロジェクトメンバー
内容【事業成果の共有】
・全国調査結果の報告
・保育者インタビュー結果報告
・7自治体の取組結果報告
・宮城県女川町の事例報告
【意見交換】
・事業推進委員、自治体、スポーツ庁、順天堂大学プロジェクトメンバー

まずは体を動かすことの楽しさを伝える

鈴木大地(プロジェクト統括:スポーツ健康医科学推進機構 機構長)

令和4年度に続いて2年目の取り組みとなった「幼少期からの運動習慣形成プロジェクト」ですが、これは私がスポーツ庁にいる頃から取り組んできたテーマでした。幼児期に運動習慣を根づかせることで小学校に入った時に運動嫌いの子どもを減らせる可能性があり、スポーツ参加率も上がり、結果的に競技力も上がる。さらに将来的には健康寿命の延伸にもつながることを考えると、幼児期に運動習慣を身につけておくことはとても重要です。

このシンポジウムでは令和5年度の充実した成果報告を聞くことができました。道具も使わずダンスを入口として、楽しみながら、結果的に子どもたちが体を動かすことにつながるようなプログラムの事例や、教育委員会と保育施設、地域にあるスポーツクラブの掛け合わせによる取り組み事例の報告もありました。いずれ自走して事業を継続していかなければならないことを踏まえると、システムづくりも今後は重要になります。

保育者インタビューの結果では、保育者よりも外部指導者がいた方がいい、さらに専任講師がいた方がいいというお話もありました。やはり専門家はとてもよいプログラムを提供してくれると思いますので、最初はそうした外部指導者の力を借りることも必要ではないかと思います。そうなると費用の問題が発生しますが、保育園や幼稚園は自分たちの場所を提供して、「その代わりに何かプログラムとして子どもたちに教えてもらえませんか?」といった関わり方ができれば継続性が生まれるのではないでしょうか。

青野博(事業推進委員:公益財団法人日本スポーツ協会)

今回、複数の県から、子どもの運動習慣を形成するためには、「保育者や先生のスキルを高める、質を担保することが重要になる」という報告がありました。たとえば岐阜県からは、大学教員が巡回しながら園の先生への実技指導を実施することで質を担保しているという報告があり、なるほどと感心しました。 奈良県では、幼稚園の先生を対象とした座学と実技からなる講習会を実施し、それに基づいて定期的に運動あそび教室を実践して大変効果が得られたという興味深いお話もありました。

講習会に参加していただいた先生方が、もともと意欲が高く日ごろから県内のさまざまな市町村で運動あそびの普及に携わっていただいているスキルの高い方だったことも大きかったとのことでしたが、「『子どもに体幹がないので運動の指導が難しい』という声を聞くけれど、幼児期には体を動かすことは楽しいことだという基礎的な部分を大切にしてあげてください。体幹を鍛える云々というのはもっと先の話です」など、現場だけでは気づけないようなお話をわかりやすくご指導いただいたことが先生方にもうまく伝わったのかなと思いますとおっしゃっていました。

こういったポイントは、今後、他の自治体のヒントになるのではないかと思います。

竹中晃二(事業推進委員:順天堂大学スポーツ健康医科学研究所客員教授)

まず重要なことは、「幼児期の運動習慣づくりと大人の運動習慣づくりを同一に考えるべきではない」ということです。幼児の場合、いくら習慣化できたとしても、成長や発達の過程で運動習慣形成を妨害する要素がたくさん出てきて、運動習慣を大人にまで結びつけるのは難しいという前提に立つ必要があります。

そのために、運動というよりも、身体を動かすことは楽しそうだという気持ちにさせることが大切です。また、運動あそびは、大人主導で行う、つまり受身型の習い事や体育と一緒ではないのです。楽しさを味合わせること、能動的に活動させるということを全面に出しながら、保育士や幼稚園の教員には、どのように支援していけばよいのかを考えてもらいたいものです。一方、保護者に対しては、理屈だけを教えるのではなく、子どもに対してどのように働きかければ子どもが活動的になれるかという実践的な方略を示していく必要があります。

原田委員の報告をお聞きしながら感心していたのですが、運動会で親と子のふれあいや関係性を強める際に、運動遊びを仲介役として使うというのはとても大切なポイントだと思いました。福島県の報告では、きっかけづくりや環境づくりが大切で、地域での情報共有や交流の機会を増強していく過程において、子どもと保護者の間だけでなく地域が子どもに寄り添いながら継続的に支援している様子も伝わってきてとてもよかったです。

原田直信(事業推進委員:株式会社つなぐ) 

私たち「株式会社つなぐ」は、宮城県女川町と石巻市の保育所や幼稚園、小学校を中心に、子どもの運動あそびを通して「自己肯定感」を高められるプログラムを実施しています。保護者も参加できる運動会やウォーキングラリーなども実施してきたのですが、それは保護者へのアプローチを徹底的に行いたいという思いからでした。やはり、子どもの成長にとって大人との関わりはとても大きいですし、大人が変わらなければ子どもの意識や行動は変わりません。

しかし、そうしたイベントに参加してくれる子どもは既に運動習慣が身についているケースがほとんどです。一方、そうではない子どもは保育所から帰ると家の中でずっとゲームをしていたりする。興味がないというより、小さい頃から運動をした方が子どもの心身にとっていい影響があるということを知らない保護者も多いのです。

そうした中で、平日の夜にイベントを開いても意識の高い保護者以外は足を運んでくれないので、たとえば土日の親子クッキング教室のようなイベントでカレーを煮込んでいる間に「10分時間をください」と言って話したり、3歳児検診時に保護者に対してメンタリングを行ったり、関心の低い保護者とどうコミットしていくのが重要になります。いま私たちが一番意識して取り組もうとしているのが、保育所や学校の中に積極的に入っていくことです。また、今後は予算を前提とした事業ではなく「自走」していかなければいけないことを視野に入れ、クラウドファンディング型の「ふるさと納税」を活用した事業の継続にも挑戦しているところです。

保護者の意識や行動をどう変えられるのかがカギ

武長理栄(事業推進委員:笹川スポーツ財団)

先ほど青野委員からご指摘があり、いくつかの県でも今後の課題として挙げられていましたが、取り組みを継続していくためには指導者の存在が欠かせません。その場合、指導者の数を増やしていくことと指導者の質を向上させていくという二つの展開が必要になります。これについては、園長先生に取り組みの重要性を理解してもらい、現場の先生方が普段から運動遊びを意識的に行えるようにしていくことがポイントとなります。初めは外部の指導者に入ってもらったとしても、併せて園の先生方同士で情報交換をする機会も設け、現場でどんどん運動遊びのバリエーションを広げていけるような体制づくりも重要です。

また、栃木県と神奈川県からはメディアの活用についてのお話もありました。これまで各県で作られた運動あそびの動画を日ごろから町の人たちが目にするような場所(例えば、市役所やケーブルテレビなど)で流してもらうとか、より多くの人たちにも取り組みの重要性を知ってもらうことが保護者の行動変容を促すきっかけになるのではないでしょうか。取り組みを継続していく上でも、意識が高くない方たちをどう取り込んでいけるのかが今後の課題になります。

そうした意味でも、福島県の取り組みは、パンフレットや動画の作り方などもとても工夫されていて、保護者が手に取ってみたいと思えるデザインや見てようと思う動画のつくりになっていました。他の地域でもぜひ参考にしていただきつつ、ぜひ様々な方法を組み合わせながら試行錯誤していただければと思います。

中村宏美(事業推進委員:独立行政法人日本スポーツ振興センター)

各自治体の取り組みから、全国共通の課題と県それぞれの事情とが浮き彫りになり、あらためて学びや気づきがありました。そこで私たちからお願いしたいのは、全国共通の課題についてはスポーツ庁を通じてぜひ共有をしていただきたいということです。たとえば動画やチラシの作成にどのような工夫をしたのか、それによってどの程度の効果があったのかといった情報を共有していただけると、全国の自治体の方たちにとっても参考になると思います。

今回、中京大学の宮田洋之先生たちにもご協力いただいて貴重なデータが取れました。子どもの目線のデータが数多く取れた一方で保護者がどのようなサポートをしているのかについてのデータもたいへん貴重なものでした。それに関連して、たとえば富山県の報告では、保護者のサポートによって変わったところと変わらないところが浮き彫りになるなど、こちらも貴重なデータになったと思います。行動変容や意識の変化については、すぐに変わるところと変わりにくいところがあります。今回変わらなかったところについては、やり方は合っているけれども、もっと時間が必要だったのではないか、あるいはアプローチの仕方を変える必要があるのではないかなど、しっかり検証していくことも必要ではないでしょうか。

学びの芽を育てやがて花を咲かせよう

松嵜洋子(事業推進委員:明治学院大学心理学部教授)

私は幼児教育の観点から皆さまの報告をお聞きしていましたが、各自治体の取り組みをうかがっていて、地域の人材や資源を有効に活用されていることがよくわかりました。竹中委員もおっしゃっていましたが、幼児や低学年の児童にとって「楽しい」ということはとても大事で、目標に向かって何かをやり遂げるというより、やっていること自体が楽しいと思いながら活動することが多いのです。その楽しさは子どもによっても違いますし、その日によっても違います。楽しさの質が変わっていくのが幼児の特徴だといえます。

幼児期というのは学校教育の中でも「学びの芽生え」の時期なので、体を動かすこと自体が目的になって、小学校に入った時に「体を動かすのは苦手」とならないようにしていくことが幼児教育の目標の一つではないでしょうか。幼児はとにかく経験が少ないので、大人が経験を保障していくことも大切です。そのためには好きな遊びだけではなく、こんな遊びもあるよということも教えながら、自分たちで魅力的な遊び方を見つけられるよう主体的な活動につなげるアプローチも必要です。その瞬間だけで終わらせず、その後どういう展開がなされていくのかについてもフォローをして見ていただけると継続性が生まれると思います。

今回の事業の成果として出されたデータはどれも貴重なものですが、実施直後のものが多いと思いますので、ぜひとも継続して、半年後、1年後どうなっているのかについてもデータを取りながら追っていただけければと思っています。

松藤直子(スポーツ庁地域スポーツ課)

令和5年度は事業の評価の部分を充実させたいということから順天堂大学にとりまとめていただいたおかげで、どの自治体も効果検証がしっかり行われており、事業価値が上がったと感じています。また、事業推進委員の先生方に関わっていただき、専門家の立場からさまざまなご意見をいただくことができてたいへん勉強になりました。

私たちも実際に自治体へ視察に行きましたが、率直な感想として、皆さまに関わっていただいた子どもたちはすごく幸せだなと感じました。あの子たちがこれからどのように成長していくのかが楽しみになるような活動を間近に見ることができて、1人でも多くの子どもたちにこの活動を広げていきたいとあらためて実感した次第です。

鈴木宏哉(プロジェクトリーダー:順天堂大学スポーツ健康科学部先任准教授)

最後に私から総括をさせていただきます。
令和5年度の本プロジェクトは、普及事業として7自治体の取り組みと全国調査という建付けで実施してきました。全国調査では定量調査の他に保育者へのインタビューも行いましたが、はたして幼児体育の専門家に関わってもらった方が良いのか、あるいは保育者自らが学ぶことで指導ができるようになるのが良いのかについて、現場の肌感覚を探りました。結果として、二者択一ではなく、それぞれが重なり合うような連携の仕方があるのではないかということが今回のインタビューを通して見えてきました。

鹿児島県からは「子どもの頃から運動の種(シーズ)を撒く」という話があり、松嵜委員からは「芽を育てる」という話もありました。このプロジェクトは単年度ですが、子どもの成果は長期的に見ていく必要があります。まさに芽を育てるところに注力し、花はその先に咲くと捉えるべきではないかと感じます。花を単年度で咲かせようと思うと少し方向性がずれてくるのではないでしょうか。

スポーツ庁の事業を一つのきっかけとして、その先は各自治体が予算化して取り組む、あるいは民間と連携する、地元企業の支援を受けるというような形で自ら走り出せる未来を描いていただきたいと思います。「大人が変わると子どもが変わる」。これが本プロジェクトのテーマだと思いますが、その一方、本シンポジウムで「子どもが変わると大人も変わる」ということもあるのだと気づかせていただきました。このような有意義な機会を次年度も持てれば幸いです。

ぜひ皆さまの英知を日本の子どもたちの元気アップに生かしていただければと思います。

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